ラマルギービンラタナヤケの国籍はどこ?父母は?出身中学校も調査

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選抜高校野球2024で注目のスラッガーが大阪桐蔭のラマル・ギービン・ラタナヤケ選手です。

日本人でないことは明らかですが、ラマルギービンラタナヤケ選手の国籍はどこなのでしょうか。

ラマルギービンラタナヤケ選手が日本人とのハーフなのかハーフではないのかにより、国籍も変わってきそうです。

なので、ラマルギービンラタナヤケ選手の父母についても、どんな方なのか気になるところです。

また、中学生の頃から注目されていたラマルギービンラタナヤケ選手ですが、出身中学校や小学校、所属していたチームはどこなのでしょうか。

中学時代には、大阪桐蔭から推薦入学の打診があったほどの逸材だったそうですよ!

 

本記事では、以下について調べています。

  • ラマルギービンラタナヤケの国籍はどこ?
  • ラマルギービンラタナヤケの父母は?
  • ラマルギービンラタナヤケの出身中学校も調査
  • ラマルギービンラタナヤケのプロフィール
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ラマルギービンラタナヤケの国籍はどこ?

ラマルギービンラタナヤケ選手の国籍は、はっきりとは明らかになっていません。

しかし、両親がスリランカ人のため、国籍はスリランカになるのではないでしょうか。

日本での生活が長いラマルギービンラタナヤケ選手の家族ですが、外国の方が日本の国籍を取得するのはなかなか難しいようです。

そのため、ラマルギービンラタナヤケ選手も両親も国籍はスリランカのままと思われます。

 

国籍はスリランカですが、ラマルギービンラタナヤケ選手は、名古屋生まれ名古屋育ちです。

そのため、スリランカには小学6年生の夏休みに訪れたことがあるくらいなんだそうです。

ラマルギービンラタナヤケの父母は?

ラマルギービンラタナヤケ選手の父母はどんな人なのでしょうか。

先ほどスリランカ人ということは紹介しましたので、その他のことについて調べてみました!

父はバレーボールの元スリランカ代表!

ラマルギービンラタナヤケ選手の父は、バンダーラ・ラタナヤケさんと言います。

父は学生時代、バレーボールのスリランカ代表選手だった!

ラマルギービンラタナヤケ選手の身体能力の高さは、父親譲りですね!

 

そんなラマルギービンラタナヤケ選手の父・バンダーラ・ラタナヤケさんは、1993年頃に日本に留学生としてやって来ました。

そして、日本語学校、大学、大学院の間を日本で過ごしました。

その後、一度スリランカに戻り、結婚しましたが、日本人の優しさや礼儀作法、周囲への気配りなど全てが尊く感じて妻と共に再来日しました。

そして、名古屋で就職し、2006年に長男のラマルギービンラタナヤケ選手が誕生しました。

父のバンダーラ・ラタナヤケさんの職業はわかりませんでしたが、日本での生活を合計すると25年くらいにはなりそうですね。

母はどんな人?

ラマルギービンラタナヤケ選手の母については、情報が一切ありませんでした。

スリランカでラマルギービンラタナヤケ選手の父と出会い、結婚した時には、日本で過ごすことになるとは思っていなかったでしょうね。

ラマルギービンラタナヤケの出身中学校も調査

ラマルギービンラタナヤケ選手の出身中学校、そして小学校も調査してみました。

名古屋市立南陽中学校出身!

ラマルギービンラタナヤケ選手は、名古屋市立南陽中学校の出身です。

そして、中学生の頃は、愛知港ボーイズで野球をしていました。

中学時代にホームランを通算50本記録しており、「愛知のゲレーロJr.」と呼ばれ、注目を集めていたそうです。

 

投手としても最速135キロ、カーブ、スライダー、チェンジアップを投げることができます。

中学生の頃に全国大会への出場はありませんが、中学2年生の時に大阪桐蔭から推薦入学の打診を受けて、受験、無事に合格しました!

出身小学校は?

ラマルギービンラタナヤケ選手の出身小学校はわかりませんでした。

名古屋市立南陽中学校の校区が、名古屋市立西福田小学校・名古屋市立福田小学校・名古屋市立福春小学校なので、そのうちのどこかになります。

そして、小学4年生の夏に1学年上の先輩に誘われて、プリンスジュニア港で野球を始めました。

幼い頃から常に頭1つ抜けた体を持っていたラマルギービンラタナヤケ選手は、小学5年生から投手を始め、小学6年生にはホームラン12本を記録していました。

ラマルギービンラタナヤケのプロフィール

  • 名前:ラマル・ギービン・ラタナヤケ
  • 生年月日:2006年4月8日
  • 年齢:17歳(2024年2月時点)
  • 出身地:愛知県名古屋市
  • 身長:180cm
  • 体重:92kg
  • 投打:右投げ右打ち
  • 好きな食べ物:お寿司

 

ラマルギービンラタナヤケ選手の「ラマル」は、スリランカの公用語シンハラ語で「太陽のように輝く男の子」、「ギービン」は、「音楽を聞くのが好きな男の子」という意味があるそうです。

とっても素敵な名前ですね!

高校時代の成績は?

ラマルギービンラタナヤケ選手は、2018年に大阪桐蔭が甲子園で春夏連覇するシーンをテレビで見て、憧れを抱き、同じユニフォームを着て甲子園でプレーすることが目標となったそうです。

その目標通り大阪桐蔭に進学し、高校1年生の選抜高校野球で甲子園でプレーすることも叶いますが、その時は1試合の出場でした。

そのため、選抜高校野球2024がラマルギービンラタナヤケ選手にとって本当の戦いになりそうですね!

 

高校2年生の春から4番を務めているラマルギービンラタナヤケ選手は、高校2年夏に4番として大阪大会準優勝を果たしました。

そして、高校2年秋の成績は、

  • 近畿大会:12打数6安打 打率.500
  • 神宮大会(関東第一戦):4打数3安打

近畿大会準々決勝では、報徳学園の今朝丸裕喜投手から適時打を打っていますので、もし選抜高校野球2024で対戦があれば、非常に楽しみですね!

報徳学園の今朝丸裕喜投手については、こちらの記事でチェックしてみてください。

今朝丸裕喜の兄は仙台育英出身の今朝丸慎?父母はどんな人?プロフも紹介

 

また、高校でのホームラン数は、2023年の明治神宮大会時点で28本です。

この数字がどこまで伸びるかということにも注目が集まりそうですね。

まとめ

ラマルギービンラタナヤケ選手の国籍は、恐らくスリランカですが、生まれも育ちも名古屋です。

父母がスリランカ人のため、日本国籍を取得するのはなかなか難しいようです。

名古屋市立南陽中学校時代から「愛知のゲレーロJr.」として注目されていたラマルギービンラタナヤケ選手には、甲子園で大暴れしてほしいですね!

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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