佐々木順一朗(学法石川)の改名理由2つ!不祥事や指導方針がヤバい?

高校野球
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33年ぶりに選抜高校野球に出場する福島県の学法石川高校。

その野球部を2018年から率いているのが、佐々木順一朗監督です!

佐々木順一朗監督は、以前は仙台育英高校で長い間監督をしていた方です。

 

学法石川の野球部監督としては、初めての甲子園となる佐々木順一朗監督について調べると「改名」という気になるワードがありました。

佐々木順一朗監督は改名しているようなのですが、理由はなぜなのでしょうか。

改名理由は2つ言われていますので、調べてみました!

 

そして、もう一つ気になるワード「不祥事」というものがあります。

佐々木順一朗監督は何か不祥事を起こしてしまったのでしょうか。

また、改名は不祥事と関係あるのでしょうか。

佐々木順一朗監督の不祥事や指導方針についても調べてみました。

 

本記事では、以下についてまとめています。

  • 佐々木順一朗(学法石川)の改名理由2つ!
  • 佐々木順一朗の不祥事とは?
  • 佐々木順一朗の指導方針がヤバい?
  • 佐々木順一朗のプロフィールや学歴・経歴
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佐々木順一朗(学法石川)の改名理由2つ!

佐々木順一朗監督の改名理由を調べましたが、明らかにはなっていませんでした。

ちなみに、佐々木順一朗監督の改名前の名前は、「佐々木淳」さんと言います。

 

正確な改名理由はわかりませんが、佐々木順一朗監督が高校野球の監督であることを前提とし、改名理由2つを調べてみたところ…

  1. 勝負師だから「一」を入れた
  2. 姓名占いによるもの

という2つの改名理由が考えられたので紹介していきます。

引用:日刊ゲンダイ

改名理由①勝負師だから「一」を入れた

佐々木順一朗監督の改名理由について、「勝負師だから「一」を入れた」という説が最も多く言われています。

横浜高校の元監督である小倉清一郎さんも改名をして「一」を入れたそうです。

一番になるという意味を込めて、勝負師は改名して「一」をいれる傾向があるのかもしれませんね。

改名理由②姓名占いによるもの

佐々木順一朗監督の改名理由について、もう1つ考えられるのが「姓名占いによるもの」です。

これも野球部監督・勝負師として勝つことを意識した改名理由です。

もしかすると、旧名の「佐々木淳」という字画の画数があまり良くなく、勝負事に向いている名前にしたという理由も考えられそうです。

要するに、名前で験担ぎのような感じにしたということになります。

 

例えば、元プロ野球選手の山本浩二さんは、1975年に登録名を「山本浩司」に改名しました。

その理由が、姓名占いによるものでした。

「山本浩司というのはいい名前ですが、字画の画数がちょっと…。同じ“こうじ”でも“浩”に“司”より“二”の方が勝負事に向いています」

スポニチ

その結果、首位打者とシーズンMVPを獲得、広島カープが初優勝という最高のシーズンとなりました。

ただ、山本浩司さんの場合、戸籍は「浩二」のまま、登録名のみ「浩司」にした形でした。

 

また、横浜高校野球部の元監督である渡辺元智さんは、胃潰瘍を患ったため姓名判断を受け、「元」さんから「元智」さんに改名しています。

渡辺監督は1996年に胃潰瘍を患い、1か月以上の入院生活を強いられた。これを機に、妻の勧めで姓名判断を受け、『元(はじめ)』から『元智(もとのり)』に改名している。

佐々木順一朗監督が高校野球の監督として「順一朗」としたのか、それとも何か病気などがきっかけで改名したのかはわかりません。

しかし、「順一朗」というのは、姓名占いの結果による名前なのかもしれませんね!

そして、「佐々木順一朗」監督として良い成績を残せたため、そのままにしているのかもしれませんね。

佐々木順一朗の不祥事とは?

佐々木順一朗監督の名前が出てくる不祥事が2つありました。

ただ、どちらも佐々木順一朗監督の不祥事というよりは、野球部部員の不祥事といった内容でした。

2017年の不祥事

佐々木順一朗監督について調べると「不祥事」と出てきますが、これは佐々木順一朗監督の不祥事ではありません。

この不祥事は、2017年12月に発覚した仙台育英高校野球部の部員が飲酒や喫煙を繰り返し行っていたという内容です。

そして、当時、仙台育英高校野球部の監督を務めていたのが、佐々木順一朗監督です。

 

佐々木順一朗監督は、「監督の脇の甘さがすべての原因」と言い、2018年1月1日付で監督を辞任、同年3月31日に同校を退職しました。

同校の調査の結果、飲酒や喫煙は今年3~11月に計8件あり、野球部員は9人が関わった。場所は仙台市内の居酒屋や、野球部の寮だったという。同部は来年1月9日まで活動を自粛する。佐々木監督は「管理体制の甘さだと思う。監督の脇の甘さがすべての原因じゃないかと思う」と苦渋の表情を浮かべた。

日刊スポーツ

不祥事とはこのことを指すため、佐々木順一朗監督の不祥事ではなく、不祥事により改名したということでもないわけですね。

2001年の不祥事

佐々木順一朗監督は、2001年7月に起こった不祥事(部員の暴力事件)を報告しないまま夏の甲子園に出場したため、一度仙台育英高校野球部の監督を辞任しています。

不祥事があった2001年は、春のセンバツで準優しましたが、その後のことでした。

その後、2003年に同校野球部の監督に復帰しています。

佐々木順一朗の指導方針がヤバい?

佐々木順一朗監督の指導方針を主に3つ紹介します。

  1. 県内外問わず、自ら選手を勧誘しない
  2. 地元の学校や他の学校に進学することを勧める
  3. 練習の大半を選手の自主性に任せている
  4. 説明をする

どれも意外な指導方針のように思いますね!

指導方針①県内外問わず、自ら選手を勧誘しない

佐々木順一朗監督は、県内外問わず、自ら選手を一度も勧誘したことがないそうです。

そのため、高校の野球部に入部してきた選手の中学時代の姿は誰一人として見たことがないとのことです。

指導方針②地元の学校や他の学校に進学することを勧める

これは、仙台育英高校にいた時のことですが、同校野球部に入りたいという選手に対し、地元の学校や、他の学校からの勧誘がある場合、そちらに進学することを勧めていたそうです。

もちろん入部希望者が多いのはうれしいそうですが、選手にとって仙台育英で野球をすることが幸せなのか?という思いがあるようです。

 

例えば、「沖縄の子が環境が違う東北に来て野球をするのが幸せなのか?」ということだそうで、佐々木順一朗監督は、地元の学校に進学した方がいいという考えをお持ちです。

また、他に勧誘されている学校があり、仙台育英とどちらにするか迷っていたら、他の学校に進学することを勧めるそうです。

佐々木順一朗監督は、ストレスフリーを大事にしているため、環境が変わるとそれだけでストレスになることもあるため、地元の学校に進学することを勧めているのでしょうね。

指導方針③練習の大半を選手の自主性に任せている

佐々木順一朗監督は、練習の大半を選手の自主性に任せています。

新入生などには、「キツかったり、合わなかったら言ってね」と伝えて、練習の叩き台を渡して1週間くらいはさせるそうです。

しかし、原形がなくなるくらい選手が修正するんだとか。

ただ、選手自身が考えて作ったメニューは必ず守るそうなので、チームは強くなるそうですよ。

指導方針④説明をする

佐々木順一朗監督は、選手に対し「説明をする」という指導方針をお持ちです。

これは、今の時代に合わせた指導方針で、ベンチ入りメンバーにしても、どの選手を選んでどの選手を落としたかという選考理由を全員の前で説明するそうです。

そうしないと、チーム内でひずみが生まれるからです。

昔は説明が要らない時代もありましたが、今は説明が必要な時代になったと感じたため、一人一人が納得できるまで説明して回るそうです。

時代に合わせて指導方針を変えられるところも、佐々木順一朗監督が名将と言われる理由なのでしょうね!

佐々木順一朗のプロフィールや学歴・経歴

最後に、佐々木順一朗監督のプロフィールや学歴、経歴をまとめてみました。

プロフィール

  • 名前:佐々木順一朗
  • 旧名:佐々木淳
  • 生年月日:1959年11月10日
  • 年齢:64歳(2024年2月時点)
  • 出身地:宮城県

 

2024年2月時点で64歳の佐々木順一朗監督は、30年以上高校野球の監督をされています。

宮城県出身ということもあり、東北の高校に関わることが多いようですね。

学歴・経歴

佐々木順一朗監督は、東北高校と早稲田大学を卒業し、NTT東北を経て、1993年に仙台育英の硬式野球部部長に就任しました。

東北高校時代は、エースとして2度甲子園に出場しました。

  • (2年)1976年 夏の甲子園 準々決勝敗退
  • (新3年)1977年 春のセンバツ 2回戦敗退

 

佐々木順一朗監督は、高校野球の監督をする前は、10年間サラリーマンをしていました。

そして、1993年に34歳で仙台育英高校硬式野球部部長に就任し、1995年8月に前監督が勇退したタイミングで、野球部の監督となりました。

ちなみに、監督を始めた時点で、名前は「佐々木順一朗」でした。

 

また、佐々木順一朗監督は2001年秋に一度監督を退くこととなった際、順天堂大学の大学院に通い、2003年に監督に復帰しました。

大学院に通う前は、厳しい練習をさせたり、キツい言葉をぶつけることもあったそうですが、大学院で他競技の指導者から刺激を受けたり、論文を読み漁ったことで、復帰して以降はそういうことをしなくなったそうです。

そして、先ほど紹介した不祥事で辞任する2017年まで長期にわたり仙台育英高校野球部の監督を務め、春6回夏13回、合わせて19回甲子園に出場、2度準優勝に導いた名将です。

 

2018年3月に仙台育英高校野球部を退職した佐々木順一朗監督ですが、同年9月25日に学法石川の監督に就任し、11月9日から指揮を執り始めました。

就任してすぐの春の練習試合では、ほとんど負けていたそうですが、佐々木順一朗監督は笑顔でやっていたそうです。

そして、2023年秋に県3位で東北地区大会に出場、ベスト4入りを果たし、選抜高校野球2024に出場することとなりました。

学法石川の監督としては初めての甲子園出場ですので、采配に注目が集まりそうですね!

まとめ

佐々木順一朗監督の解明について考えられることは、「勝負師だから「一」を入れた」「姓名占いによるもの」という2つでした。

改名理由は正確にはわかりませんが、「佐々木順一朗」という名前で名将になっているのは間違いありませんね!

また、不祥事は、佐々木順一朗監督の直接的なものというよりは、監督を務めていた野球部の部員によるものということでした。

指導方針が緩いため、不祥事も起こるそうですが、何か起これば監督が責任を取るというスタンスのようです。

まだまだ甲子園での勝ち数を積み上げていってほしいですね!

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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